成功した時こそ終わりを慎む

日本武尊(ヤマトタケル)の
伝説に、次のようなエピソードがあります。
東の神々を平定するよう命じられた日本武尊は、伊勢に立ち寄り、叔母ヤマトヒメより神剣「草薙の剣」等を拝受し、遠征に出かけた。
東方の国々の神を平定し、尾張に戻った日本武尊は、己の強さを誇示する。「伊吹山の神は素手で討ち取る」と草薙の剣を妻に預け、伊吹山に向かった。ところが道中、毒気にやられ、三重の地にて命を失うこととなる――。
 日本武尊は、神威の象徴である剣を携行して、神の加護を受け東征し、成果を収めることができました。しかし、そのことを忘れ、己の力を誇示したい欲望から、結果として、命を落とすことになりました。数多くの解釈がある伝説ですが、この話から、今も昔も人の心は変わらない面があることを教えられます。
私たちは、先祖や両親から徳を受け、周囲から様々な支援をいただいていながら、成功するとつい

自分の力のように勘違いしてしまいます。感謝の心を忘れ、己の我を通すようになりがちです。
人間力を向上させていく要素はいくつもありますが、中でも「謙虚さ」は不可欠な態度として挙げられるでしょう。いかに謙虚な心を保っていけるかは、人間にとって、永遠の課題かもしれません。

「謙虚」という言葉を辞書で引くと、「控えめでつつましやかなさま。自分の能力・地位などにおごることなく、素直な態度で人に接するさま」(『大辞林』)とあります。また、「謙」という字には、「つつしむ、うやまう」という意があります(『字通』白川静)。
この「慎む(つつしむ)」ということは、倫理実践の心得でもあります。倫理運動の創始者・丸山敏雄は、実践における十の要諦として、その最後に「慎終」を置いています。「終わりを慎む」ことが、実践の基本であり、成功の要件であるというのです。
物事がうまくいったり、目的や

目標を達成すると、人は得てして気を緩めてしまいがちです。
しかし、本当はまだ完了してはいないのです。慎終とは、後始末であり、「最後に立派な終止符をポンと打つこと」です。
 整理整頓をする、丁寧に清掃をする、使った道具の手入れをし、機械に油をさす、パソコンのデータを整理する、会計の収支を明朗にして、反省点があればまとめておく、お世話になった方へ連絡を兼ねて礼状を書く、挨拶回りをする、神仏に祈願したなら謹んで奉告する――など、さまざまな後始末があります。
仕事が終わった後、成功した後こそ心を緩めず、感謝を込めて後始末を行ない、物事にけじめをつけていきましょう。特に、リーダーから率先垂範して後始末を行なうことから、職場環境にメリハリが生まれ、次への飛躍へとつながっていくのです。
慎んで終わる「慎終」の実践を積み重ねて、謙虚な心を日々深めていきたいものです。