苦は楽のため。つらいのは、良い薬。楽ばかりしてるとろくなことはない」。これは、現在発売中の
「気と骨スペシャル」(DVD+ブックレット)で語られる百一歳の水泳世界記録保持者・長岡三重子さんの
言葉です。
「気と骨」とは各界で活躍する大先達を訪ね歩き、写真と文章で、その歩みと信条の一端を紹介する
プロジェクトです(制作・大久保學氏)。倫理研究所では、月刊誌『新世』にて、平成二十二年より「気と骨」の連載が始まりました。長岡三重子さんも、このシリーズに登場されたお一人です。
長岡三重子さんは、大正三年、山口県徳山市の生まれです。商家に生まれ、女学校を卒業後、藁工品の卸問屋を営む長岡家の長男に嫁ぎました。
二人の男児に恵まれたものの、病気がちだった夫は、五十六歳で逝去。三重子さんは長岡本店を後継し、
九十五歳まで現役経営者として長岡家を支えてきました。五十五歳からは能楽の世界に触れ、趣味の領域を越えて、真剣勝負のように打ち込みました。
三重子さんが水泳を始めたのは八十歳になってからです。膝関節の痛みから正座することが困難になり、長男・宏行氏の勧めで、リハビリ目的でプールに通うようになりました。当初は二十五メートルを泳ぎきることも
できませんでしたが、宏行氏の励ましもあり、水泳教室に通い続けます。八十八歳の時、軽い気持ちで世界大会に初参加したところ、銅メダルを獲得。九十歳での世界大会では銀メダルを三個獲得します。
そのメダルの「色」が闘志に火をつけたのでした。〈何が何でも金を取らないと泳ぐ意味が無い。エベレストが世界で一番高い山だとは、皆が知っているが、二番目の山など誰も知らない。やるからには、一番に
ならなければ〉と、彼女の挑戦が始まったのです。
それからは出る大会、出る大会で、世界新記録を打ち立てます。平成二十八年三月現在、三重子さんは二十五の世界記録と、四十二の日本記録を保持しています。現在も、息子の宏行氏と二人三脚で新たな記録に
挑んでいます。
このように新たな挑戦に挑み続ける背景には、「なせば成る」という母の教えが、年を重ねてもなお心に生
き続けていたことがあったようです。
また、夫亡き後、一人で商売を切り盛りする中で養われた挑戦心、能楽で培った強い精神力も、大きく
影響しているのでしょう。三重子さんの生き方は、どんな分野でも「なせば成る」ことを身をもって
教えてくれています。
さらに、物事をスタートするのに、何歳になっても遅すぎることはないこと、また、目標を持つことがいかに
人生の張り合いになるかということなど、三重子さんの言葉と生き様は私たちの希望の素となり、
指針の一助になるのではないでしょうか。
大先達の生き方に学ぶこと。それは、日本人として大切にしていくべき精神と行動のあり方を探る大きな
ヒントとなるはずです