多面的だから面白い

ケチだなァ。人に奢ったこともなく、祝儀や香典なんかも並外れてすくないんだ。へんなやつ」と言われていたある人が、年をとってから、それまでケチケチとためてきた大金を、ポンと福祉施設に寄付をした。そして自分は清貧の暮らしを続けている。「あんな口悪婆さんが」と言われている人が、その実、意外にもたいへんな温情家だった。何でもハイハイと受けるので、「とてもスナオだ」と思われている人が、あるときには、とんでもない強情ぶりを発揮してテコでも動かず、皆を困らせた。

短所の裏には長所があり、美点の裏には欠点もひそむ。ずるい人が、案外正直であったり、正直な人が、案外頑固で、融通がきかず、迷惑をかけることもある。

たんに性格上の面だけではなく、善悪の面についても、健康不健康の面についても、長い間にはさまざまな変化をみせたりして、いったい、どれが本当なのかと戸惑わせる。

これらは他人事ではない。自分自身がそうではないか。いわゆる倫理的でない面も多々あるであろう。喜んで働こうとしても、つい怠けたり、気をぬいたりする。しかし反省をして、まじめに働きだす。愛したかと思うと憎んだり、また反省をして穏やかになったり…。非倫理的な面も多いが、倫理的なところもある…といった具合ではないか。どれもこれも事実であり、本当なのだ。

ということは、人の一面だけにとらわれて、他の面のあることを見失うなということであり、生き方をあらため、改善に意を注げば、よい面が現われ、いい気になったり、つけ上がったり、油断したりすると、いつでも転落するということだ。これらはあたりまえのことばかりだ。しかしながら、現実は今現われている面にとらわれることが多く、他の面を見失って、争ったり、喜びすぎたり、嘆き悲しんだり、迷うことが多いのではなかろうか。

実はこうした多面性は、人生そのものについても言えることであり、大にしては宇宙大自然そのものについても同様なのである。真理はどこまでいっても不変である。しかし、この世に現われた面(現象面)は、すべて長い間には変わっている。四十五億年前(?)の地球の誕生、五十億年先(?)の太陽系の消滅なども、宇宙の変化の一つにすぎない。恐竜どもが覇をきそっていた地球に、今や人間どもが勢力を誇っているが、さてこの先はどうなることか。

人生もその通りである。若い時の考えは老いてから変わることもある。思想や行動や、そして暮らしむきや、健康不健康などについても、成功や失敗や、いろいろな面をもちながら、人生は変化する。

広く人生全般にわたって成功ばかりしていたのでは面白くはあるまい。失敗するかもしれないと用心し、またついに失敗したという時点で、「しまった」「これではいけない」などと反省し、緊張を新たにするから面白いのだ。ドラマを見て、すべてがいいことずくめ、喜劇ばかりでは面白くあるまい。人生はまさにそのドラマだ。多面的なのだ。だから人生は高く大きく、味わい深くて面白いのである。