「慈愛」と「敬愛」

今月のテーマのように「○○と△△」に相対する言葉を入れるとしたら何が思い浮かびますか。「夫と妻」「投手と捕手」「作家と編集者」など、様々考えられるでしょう。今週はある「弟子と親方」の関係から、二者の心の向き合い方にスポットを当てます。

木工職人のAさん。高校卒業後、地元で評判だった親方のもとに弟子入りしました。その親方は昔気質の職人で、「仕事は見て盗んで覚えるものだ」が口癖でした。

しかし、最初は失敗ばかりです。親方に叱られるたびに、なぜ仕事を教えてくれないのだろうと、不満に思っていました。

数年が過ぎたある日のこと、親方のもとに急な仕事が飛び込んで来ました。お得意様からの依頼で、家具の引き出しが壊れ、困っているとのことでした。

「もう一人で出来るだろう。行ってこい!」と、出張修理を命じられたAさん。突然のことに驚きましたが、急いでお得意様のお宅に向かいました。頼りになるのは、仕事の合間にとったメモだけです。それは、ノート数冊分に及んでいました。

ノートを見ながら修理をしていると、お客様から「懐かしいね。あなたの親方も、新人の時はノートを見ながら仕事をしていたよ」と声をかけられたのです。「親方も同じだった」という言葉に自信が出てきたAさん。一人での修理を終えることができました。

数日後、そのお客様から別の家具の注文が入りました。Aさんは親方に命じられ、再びお客様の家に向かいました。

注文内容は椅子二脚の製作依頼です。デザインや素材、背もたれに使う生地の好みなどを聞きながら、「実はね…」と、Aさんは意外な話を聞いたのです。

「あなたが引き出しを直してくれた後、親方が訪ねてきたの。弟子の仕事ぶりが気になるみたいで、入念に調べていたわ。あなたの一所懸命な仕事ぶりを話したら、親方はすごく喜んでいたわよ」

〈厳しいばかりではなく、常に自分を見てくれていたのだ〉と親方の真情を知り、Aさんの胸に込み上げるものがありました。

会社に戻り、注文内容を報告すると、親方は「うん」と無愛想に頷くだけです。しかし、Aさんに不満はありませんでした。心の中では、親方を尊敬する気持ちが以前より強くなっていたのです。

椅子の製作はAさんに一任されました。親方にアドバイスをもらいながら、数カ月を経て完成した二脚の椅子は、お客様から大好評を得ました。その後、同じ椅子をあるコンテストに出品したところ、なんと金賞を受賞したのです。

Aさんが親方から会社を引き継いだ現在でも、この椅子は主力商品として、手作り家具の良さを伝える役割を果たしています。

この二人の間に流れているのは、親方から弟子への「慈愛」と、弟子から親方に向かう「敬愛」です。これら二つが相関し、ぴったりと重なりあった時に、予想を超える大きな成果が生まれることを教えてくれる話です。