裏があるから表がある

表と悪、陰と陽、火と水など、この世のあらゆる物事が「対」になっているように、人にも表と裏の世界があります。表を対外的・社会的な活動だとすれば、裏は私的な活動や家庭生活の部分だといえるでしょう。

人は、表の活動だけを見てその人を判断しがちですが、表の世界でどんなに活躍していても、対になる裏の世界、つまり家庭生活の充足がなければ、本当の意味での幸福は得られないものです。

建設業を営むNさんには子供が三人います。まだ小さい子供たちはなかなか言うことを聞いてくれません。物は出しっぱなし、洋服も脱ぎっぱなし、遊んだおもちゃは家中のいたるところに散らかっています。Nさんは帰宅するたびに溜息をついて、子供たちを叱ることが日課になっていました。

妻に対して、家が片付いていないことや子供たちの躾について注意すると、互いにイライラしていることもあって、夫婦ゲンカが始まるのでした。

 

Nさんはある日、家庭での不満や愚痴を経営者仲間にこぼしました。同情してくれるものと思いきや、友人から返ってきたのは意外な言葉でした。

「今の君は家庭での煩わしさから逃げたいと思っているだろう。奥さんや子供たちにきちんと愛情を示しているのか?」

まさに今の自分が見透かされているような鋭い指摘でした。

Nさんは家庭での自分を振り返ってみると、妻から子供の学校のことや近所のことで話しかけられても、いつも上の空で聞いていました。「そうだな」と生返事をして、何かを求められると、仕事を理由に逃げていたのです。

子供たちからの頼まれごとも、約束を破ることがよくありました。そのくせ、上から目線で妻や子供たちを叱りつけていました。

そして、その姿は、会社の中での自分とそのまま重なるのです。部下や社員を気にしているようで気にかけず、頭ごなしに叱っていました。その結果、社員との折り合いが悪くなっていたのです。

これまでの自分を深く反省したNさん。「自分は周りが思い通りにならない時に腹を立てるクセがある」という気づきから、まずは家庭での生活を改めました。

「片付けさせたい」などと相手に何かを求めることをやめ、自分から挨拶したり、礼を言ったり、素直に謝るように心がけました。妻の話には、親身になって耳を傾けるようにしました。子供たちは相変わらず片付けをしませんでしたが、一緒に遊びながら片付けることで、親子の会話も格段に増えました。

すると、家庭の中に徐々に明るさが戻ってきたのです。そして、家庭の雰囲気に呼応するように、ギスギスした会社の雰囲気も明るくなっていったのでした。

人の世のすべては自分の鏡です。中でも家庭は最高の学びの場です。身近な妻や子供の姿から気づきを得たり、家庭での問題からわが身を振り返ることは、仕事と密接なつながりがあるのです。