人事を尽くして天命を待つ

スポーツの試合や大会には、プレッシャーや重圧がつきものです。適度な緊張感が良いパフォーマンスを引き出すこともあれば、プレッシャーに押しつぶされて、本来の力を発揮できないこともあるでしょう。試合や大会の規模が大きくなるほど、その成否は、重圧への対処にかかっているともいえます。

様々なスポーツの場面で、選手はどのようにプレッシャーと向き合っているのでしょう。「舞台が大きくなればなるほど、緊張するのは当たり前です」と語るのは、全日本男子柔道監督の井上康生氏です。氏は現役時代、切れ味鋭い内股を武器に、攻撃型柔道で活躍しました。2000年のシドニー五輪では100キロ級で金メダルを獲得。現役を退いた後は監督を務め、2016年のリオデジャネイロ五輪では、全階級メダル獲得という快挙を成し遂げました。

氏は、選手が緊張するのは当然だとして、「状況を変えることはできないからこそ、状況を受け入れた上で、何ができるのかを考えることが重要」だと語ります。

この言葉は、スポーツに限らず、様々な場面にも当てはまるのではないでしょうか。変えることができない状況を受け入れるには、やれるだけのことはやったという自信があればこそでしょう。

このことについて、倫理運動の創始者である丸山敏雄は次のように述べています。

「自信のないことは失敗する。練習するということは、その仕事なり、競技なりに慣れて間違いのないようにするのが、その形から見たところで、その実は、信念をつけるのである。信念をねりかため、ねりあげるのである。きっと出来るぞ、きっとやるぞ、と動かぬ信念がその事を成就させる」(『万人幸福の栞』第十五条より)

何事においても、自信のない状態で取り組むことはうまくいかないものです。大舞台や勝負ごとで成果を勝ち取るには、なおさら自信を培うことが必要です。

日頃の準備や練習、トレーニングが「本番でもきっとできるはずだ」という信念につながります。

井上氏は、試合に臨む心の持ち方として、「直前になったら、開き直るしかない。開き直りとは、やるべきことをやっている人だけが辿り着ける境地」と言います。この場合の「開き直り」とは、綿密な準備と、相応の練習を行なった先に至る境地でしょう。

その心境は純粋倫理における「捨てる」ということに通じます。いよいよ舞台に立つ際には、私情雑念をさっぱりと捨てて、運を天に任せる心境に達した時、思いもよらぬ好結果が得られるものです。

事前の準備を徹底的に行なうことで、信念を練り上げる。また、事此処に至っては、結果は天の領分であると、明朗闊達な心で臨む。まさに「人事を尽くして天命を待つ」ところに、ここ一番のプレッシャーを乗り越えるポイントがあるのでしょう。