木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
2月23日 「素直な心が成功を呼ぶ」
事業成功の基本は、なんと言っても「素直な心」です。
「素直になるためには、まず素直な心になりたいと願うことだ」
と、幸之助は口を開くと言っていました。
そうして、「一日一回、素直な心になりたいと、念ずることだ」と。
その繰り返しが、成功を呼ぶのです。
素直になって宇宙根源の法則に乗らねば、事業は決して成功
しないのです。
木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
2月23日 「素直な心が成功を呼ぶ」
事業成功の基本は、なんと言っても「素直な心」です。
「素直になるためには、まず素直な心になりたいと願うことだ」
と、幸之助は口を開くと言っていました。
そうして、「一日一回、素直な心になりたいと、念ずることだ」と。
その繰り返しが、成功を呼ぶのです。
素直になって宇宙根源の法則に乗らねば、事業は決して成功
しないのです。
安岡正篤 一日一言
心を養い、生を養う
2月23日
信念
世間の毀誉褒貶(きよほうへん)が触れ得ないだけの深いものを自分に持たなければならぬ。
人と人とのコミュニケーションにおいて、自分の意思を伝える言葉は、口から発せられます。「目は口ほどにものを言う」というように、目や表情からその人の意思を察することはできますが、日常の意思の疎通は言葉によって行なわれます。
さて、世界には様々な言語があり、それぞれの国や地域文化の根幹をなしています。言葉そのものも文化だといえるでしょう。
また、人間は学習によって言語(国語)を習得しなければ、他者とのコミュニケーションが取れないばかりか、きちんとした思考や豊かな感情、他者の喜びや悲しみに共感するといった高度な情緒は育ちません。言葉は単に意思の疎通のための道具なのではなく、他者との「つながり」を育みます。
「人間にとって最も恐ろしいものは孤独である」といわれるように、幸福な人生を送る上で、言語を介した他者とのつながりは欠くことのできないものでしょう。
ところで、歩き方などの起居動作に癖があるように、口から発する言葉にも癖があるものです。また、感情が高ぶって、つい口をついてしまう言葉もあります。あるいは、酒の席などで調子に乗って、要らぬ言葉を発してしまうこともあるでしょう。「口は災いのもと」を体現してしまった苦い記憶は、多くの人が持っているのではないでしょうか。
言葉は、人を生かしも殺しもする強い力を持ちうるものです。多くの人と関わりを持ち、共に働く社員を育てなければならない経営者であれば、人を傷つけかねない言葉を戒めると同時に、人を育て、活力ある組織の基盤となる「つながり」を生み出す言葉を発していきたいものです。
その第一歩は挨拶でしょう。
ある職場では、毎朝、出社する社長の機嫌に戦々恐々としていました。社員同士で「今朝の社長のご機嫌天気予報」なるメールが交わされていたのです。社長の機嫌のバロメーターが挨拶でした。言うまでもなく〝天気〟が荒れることが多かったからこそ、そうしたメールが社内を飛び交うようになっていたのです。
次第に職場の空気は重くなりました。報告・連絡・相談が滞り、クレームなど重要事項の報告が遅くなってさらに事態が悪化することも頻繁に起こるようになっていきました。
その後、この社長は縁あって倫理法人会で学び、職場改善のために、自ら挨拶の実践に取り組みました。やがて職場は明るく、風通しがよくなり、結果、業績も改善したのです。
挨拶の実践ポイントは、「先手で」「明るく」「心を込めて」という三点です。立場の上下に関わりなくこの三点を徹底し、相手に対する敬意や慈しみの心が養われていけば、周囲は驚くほど変わることでしょう。
口から発する言葉の力は、心の表われです。挨拶を見直し、リーダーとしての心に磨きをかけようではありませんか。
痛みに耐えてよく頑張った。感動した。おめでとう!」
平成十三年、大相撲夏場所十三日目の取組で、力士生命にかかわるほどの重症を負った貴乃花関。横綱としての矜持を守るため、休場の勧めを頑なに断り、強行出場を続けました。
そして、千秋楽の優勝決定戦では、鬼気迫る闘志で相手力士を退け、満身創痍の中、見事に賜杯を手にしました。冒頭の一節は、取組後の表彰式で、当時の小泉純一郎首相が発した言葉です。
この言葉が今でも語り継がれるのは、力士生命を賭けて大一番に臨んだ横綱に対し、観る者すべての心を代弁したような、まっすぐで力強い言葉だったからでしょう。
他方、同じスポーツの世界でも、不用意な一言が相手を傷つけ、困惑させ、時には激しい怒りにさえつながることもあります。
かつて、プロ野球の歴史で、世紀の大逆転劇といわれた日本シリーズがありました。四戦先勝すれば日本一という戦いにおいて、初戦から一気に三連勝したチームの選手が、インタビューで「(相手チームは)同一リーグの最下位チームより弱い」という趣旨の発言をしてしまったのです。
その言葉を伝え聞いた相手チームは、大いに奮い立ちました。そして、怒涛の四連勝で相手チームを土俵際でうっちゃったのでした。まさに「口は災いの元」。相手への礼を逸した一言が、そのまま跳ね返ってきたのです。
言葉は時として物事や人の精神状態を劇的に変える力を持っています。そして、発する言葉次第で状況が好転することもあれば、悪循環に陥ることもあるものです。
かつてAさんが勤めていた職場には、いつも重苦しい雰囲気が漂っていました。営業成績の芳しくない社員に向かって激しく叱責をする上司がいたからです。
その後、Aさんは体調を崩して、職場を離れることになりました。一日も早い職場復帰を目指したAさんは、これまでの職種とはまったく違った飲食関係の仕事に就くことになりました。
Aさんは、その職場の雰囲気に驚きました。社員が明るくイキイキと仕事をしているからです。そして、先輩社員たちの言動に、ある共通点を見つけたのでした。
それは明るい言葉を、笑顔で、一日に何度も口にしているのです。その象徴的な言葉が「ありがとうございます」でした。
接客や電話応対、社員同士の会話で交わされる言葉が職場を朗らかにし、Aさんもいつしか「ありがとうございます!」が口癖となって、充実した生活を送れるようになりました。
消極的な言葉や人を責める言葉が飛び交う環境では、やる気も失せていくものです。反対に、励ましやプラスの言葉、明るい言葉が交わされる環境で、人は俄然やる気になっていきます。言葉の通りに境遇は変わるからです。
今日もプラスの言葉を発し、自分のみならず周囲をも明るくしていきましょう。口は「幸い」の元でもあるのです。
口にまつわる諺(ことわざ)や故事成語は多くあります。
たとえば「天に口無し、人を以って言わしむ」という諺をご存じでしょうか。「天には口がないので、その意志(天意)は人の口をもって告げられる」という意味で、われわれが学ぶ純粋倫理の七つの原理の一つ、「全一統体」にも一脈通じるでしょう。
全一統体とは、人や物や自然などあらゆる事象や現象は、一見無関係のようでも、目に見えない奥深い次元でつながりを持ち、相互に連携して一つに統合されていると教えるもので、純粋倫理の根本的な原理を指します。
諺に限らず、「口」に関する言葉が枚挙にいとまがないほど多くあるのは、体の中でもそれだけ卑近で、欠かせない部位だからでしょう。思えば私たちは、一日たりとも口の世話にならない日はありません。食べることは口から始まり、日々言葉を交わして生活を営んでいます。
言葉を交わすことについて、倫理研究所の二代目理事長・丸山竹秋は、「よいことの実行を語ろう」という原稿を遺しました。
前号の「今週の倫理」でも紹介しましたが、興味深い点は、己の善行を、時には進んで「語る」ことを薦めている点です。自慢や偉ぶるような気持ちで語ることは自戒すべきだとした上で、「己の善行を進んで報告することも必要」だと主張しています。
その事由は、〈良いことをした。人に打ち明けたい〉と思っていながら我慢することの不自然さにあります。そうした我慢がうぬぼれを生み、やがて偉そうな心、強情な心にも転じるから戒めるべきだというわけです。
自分のしたことを聞いていただき、「それがもし人様のため、世の中のために参考になるのであれば、どうぞよろしくお願いします」と祈るような心で報告することは、その人自身を高めるだけでなく、聞いた人の実践のきっかけともなります。その両者が増えることこそが社会にとって有益だという趣旨で書かれたものでした。
この原稿は今から四十年以上前に書かれたものですが、現在の倫理法人会活動にあてはめれば、「経営者モーニングセミナー」の会員スピーチ、「経営者の集い」や「倫理経営講演会」の事業体験報告に相当するでしょう。
これらのスピーチや報告は、一つの実践でもあります。己の善行を人に話すトレーニングです。
己の善行に対して〈これは自分の力でやったのではない。周囲からの助けや天のお陰でチャンスをいただいたのだ。ありがたいことだ〉と、自然に謙虚な心根になれるまで実践を続けたとき、人や物を引きつける魅力的な品格となって外に表われるのでしょう。
とりわけ口や口元には、その人の人生や品格が表われるものです。その人の見えない心根は、言葉となって口から表われます。
己の品格が高まることに比例するように、家族や社員にも影響が及び、薫化となって、家風や社風がより良く高まっていくのです。