木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
12月30日 「仕事は丁寧に」
幸之助は何事も繊細な人でした。お客様をお迎えする時
などは、丁寧すぎる位、常人の及びのつかぬ態度でした。
仕事にも「念には念を入れろ」と教えられたものです。
ある日、こう言われました。
「君な、仕事は丁寧にせんとあかん。そやけど早くしなあか
んのや。先様は急がれているし、遅いと余分なコストもかか
る」
丁寧さと早くすることとは矛盾しないのです。
木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
12月30日 「仕事は丁寧に」
幸之助は何事も繊細な人でした。お客様をお迎えする時
などは、丁寧すぎる位、常人の及びのつかぬ態度でした。
仕事にも「念には念を入れろ」と教えられたものです。
ある日、こう言われました。
「君な、仕事は丁寧にせんとあかん。そやけど早くしなあか
んのや。先様は急がれているし、遅いと余分なコストもかか
る」
丁寧さと早くすることとは矛盾しないのです。
木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るのか―
12月29日 「いつも求めんといかん」
幸之助は自らの意志で生きた人でした。妥協を嫌がりました。
納得するまで考えている様子を、何度も見ました。
今思いだすと、その姿は真実の答えを求める必死の姿だった
と思います。
「君な、人間は求めんといかん。求めて求めて悩むことや。そ
うしていると自然と道がひらけてくるもんやな」。幸之助の言葉
が今でも聞こえてきます。
木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
12月28日 「最後の瞬間まで精一杯行きたい」
自分の生命はいつ尽きるか解りません。
しかし、その最後の瞬間まで精一杯生き切りたいものです。
これは幸之助の生き方に学んだ私の心からの念願です。
人間は一人では何も出来ません。
同じ目的に向かって、互いに励まし合い、支え合う同士が
いてこそ、困難を乗り越え、難事を成し遂げることが出来る
のです。
真の人間の結合こそ、歴史を変革し、大きな時代のうねり
を起こせるのです。
木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るのか―
12月27日 「君の身柄は私が預かる」
幸之助とのご縁は、PHP運動でした。
私は当時大学生(21歳)でしたが、中退してこの運動に没頭したいと思い、
熱心に頼み込んだのです。
幸之助が一番苦しい時でしたが、本当の国民精神復興運動であると共感
したからです。
昭和23年の秋のことです。
「君の身柄を私が預かる」と言われました。
幸之助はどんな「縁」でも大切にした人でした。
木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
12月26日 「人の話をよく聞け」
幸之助は人の話をじっくり聞く人でした。
「君な、人の話を聞くときは、相手の本当に言いたいこと
を聞くんやで。自分の考えを挟んだらあかん。素直に相
手の立場になるんや」
幸之助によく言われました。
道元禅師は、「耳で聞くな、目で見るな、体全体で聞き、
身と心で見ること」の大切さを説いています。
幸之助の偉大さを痛感しています。