木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
2月6日 「一念を定める」
松下電器は、昭和七年四月、貿易部を新設し、
自らの手による輸出事業に着手しました。
幸之助三七歳の時です。
当時の担当部長は、
「貿易の経験者は一人もおらず、英文タイプも入手するのに、
数ヵ月かかったが、商社に依存せず、自ら市場をつかむことから始めた」
と。そして、三年後には、松下貿易株式会社を設立。
「一念を定めれば、中小企業でも、その気になれば誰でもできるよ。」
幸之助は、こうして戦前から世界市場へと大きな夢を膨らませていました。
普通の人ならば手っ取り早く、商社に頼る。
しかし、自らの手でやることにより血肉となり自分のものになる。
一念を定め、取り組みます。
感謝
カテゴリーアーカイブ: 『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
2月5日 「ベニヤ板の飛行機をつくった」
「木野君、事業はその気になれば不可能なことでも、指導者の
一念が変われば、可能になるものだよ」。
幸之助は、戦前、軍の強い要請で、ベニヤ板の木製の飛行機
をつくらされました。
昭和20年1月、1年あまりの期間で第1号機を造り、それから
終戦までの7ヶ月間で、あと2機を生産、時速320キロで飛ばし
ました。
「家電の製品も、戦争の武器も、作るものには変わりない。
その製品にどれだけ人間の美しい魂を入れることが出来るか
が大切だ」と、幸之助は考えていました。
やる気になれば出来ないことはない。
私達の仕事に美しい魂を入れます。
感謝
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
2月4日 「経営のコツは対話にある」
幸之助は、創業の当初から、時間を見つけては、
社員との懇談を随時、頻繁に実施していました。
やがて、各事業場の責任者を中心に、
「職場茶話会」へと拡大していきました。
「木野君、事業は一人で出来へんで。仕事は社員一人との対話から始まるんや。
対話から始まって対話で終わるんや。覚えておきや」
事業成功の基本は一人ひとりとの対話にある、と教えられました。
なかなか仕事にながされ、そして自己表現が下手で対話が少ないのが現状です。
対話を増やすことにより1+1=∞になるよう、事業を成功させます。
感謝
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
2月3日 「鬼は外、福は内は、成功の祭典」
人間の体は、一日100万個のリンパ球で守られています。
「災いは千里の内より攻め来たる。幸せは万里の外より招き寄せ」
と、仏典にあります。
この鬼(悪条件)を外に追い出し、環境を整備して、
外からのお客様(幸せ)を、心から接遇して、
初めて人生に勝利することが出来るのです。
成功は、自分自身の内なる革命からです。
鬼を外に追い出し、環境を整備して、
お客様と共に幸せになり、
キョウエイホームに関わる人々と共に勝利します。
感謝
感謝
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
2月2日 「仕事がうまくいかない時」
死んでしまいたいと思うほど、仕事がうまくいかない時があります。
こんな時は、何をやってもいまくいかないとあきらめてしまう。
幸之助は、
「そのあきらめが失敗者をつくるのだ」
と言っています。
何か事をなそうと決意すると、それをさせまいとする働き(魔)
が出て来たと腹を決めて、前向きに真正面から、四つに取り組んでいけば、
自然と強い一念がおこってきて、必ず良い答えが出るものです。
何事にもあきらめず、地味でもコツコツと実行あるのみ。
強い一念で、前向きに真正面から、四つに取り組んでいきます。
感謝