自性の心で役を受け責任を全うしよう

八十年近い歴史を持つ世界的な調査会社
に、米国のギャラップ社があります。同社
の調査対象には、人が何を考え、何を感じ
るかという、「質的な情報」が含まれます。
その一つに「人はどのような時に幸福を
感じるか」があります。その回答例として、
「自分が住む地域社会をより良くする活動
に参加することで、幸福度は向上する」「地
域社会に関する幸福度が非常に高い人と平
均的なレベルにある人の違いは、自分が住
む地域社会にお返しをしているかどうかに
ある」などがあります。(ジム・ハーター、
トム・ラス著『幸福の習慣』参照)
また、「誰かのために役立つ行動をして社
会とつながりができると、自己中心的な世
界に風穴が開き、重苦しい気持ちから解放
される」ともいいます。
私たち人間は、本能によって動く部分が
あり、自分の心や行ないを自由自在に持っ
ていくことが許されている一面があります。
これを倫理運動の創始者・丸山敏雄は「自
性(じせい)」と呼びました。
この自性を、右に用いるか、左にやるか。進
む方向にむけるか、退く方向にむけるか。働き
の動に行くか、怠けの静にかえるか。己のため、
己の自由、己の利益、己の好みのためにするか、
人のため、世のため、天のため、神のためにする
か。そこで、すっかりと分かれてゆく。
(『実験倫理学大系』)
これはギャラップ社の調査結果にも似て
います。自性を自分の利益や好みの方向に
向けてばかりいると、それは苦しみの境遇
に行き着き、その逆に地域のためや誰かの
役に立つ行動を選択する時、幸福の世界に
たどり着くということを意味します。
倫理法人会では、平成二十五年度がスタ
ートしました。倫理法人会活動の要となる
役員の方々に、辞令をお渡しする「辞令交
付式」が各地で開催されています。今年度
役職を受けられる方々は、全国で約一万八
千名に上りますが、その辞令に対する受け
止め方は様々です。
Tさんは、信頼する先輩から言われるま
まに、役職を受けました。その先輩から「倫
理の役職はお世話役に徹すること」と教え
られ、その通りにMSでもお世話役に徹し
ました。その役を繰り返す中で、それまで
知らなかった多くの人と出会い、自分の気
持ちが豊かになっていることに気づくこと
ができました。
Nさんは、会長職を受けました。「受けた
からには」と全力で取り組んだところ、そ
れまで赤字が続いていた本業がほどなく黒
字に転じたのです。昨年度は会社設立以来、
最高の利益を上げる結果となりました。N
さんは、〈この本業の劇的な改善は、倫理法
人会の役職を受けたことと別物ではない〉
と確信しています。
しっかりと受けた役の責任を果そうとす
る方がいます。やらされ感や押し付けられ
感のみに覆われる方もいます。役職に対し
てどのような心で一年を費やすかは、当の
ご本人自身に委ねられています。ぜひ地
域・企業の繁栄と日本創生につながる倫理
運動の「役職」の意味を理解し、積極的に
受け止めていただきたいのです。
お世話役を通して地域に貢献する時、そ
こには必ず幸福が用意されているのです。

『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』

木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―

3月28日 「多くの人の智慧を」

多くの人の智慧を、自分の遂行しようとする仕事に生かすため
にどうすればよいか、幸之助はそれを常に考えていました。

今までの自分を捨てて、数字を忘れ、真っ白のキャンパスに、
素直な心で描けばよいのです。
そうすれば、多くの人の智慧は、自然と集まってきます。

永続的な企業発展はトップの変革にあり

中小企業を取り巻く環境は、現在も厳しい
状況が続いています。倫理法人会でいかに学
び、そしてどのように実践することが、自社
の発展につながるのでしょうか。
第一は、トップとして、よりよく変革して
いくことです。中小企業の場合、企業の盛衰
はトップが握っているといえるでしょう。「ト
ップが変われば企業が変わる」「企業はトップ
の器以上にはならない」という言葉には真実
味があります。企業が時代の流れに適応し続
けていくためには、リーダー自らが変わり続
け、成長していくことが求められます。
ところが、自らを成長させたいと願う一方
で、〈変わらなくてもいい〉と現状維持を望ん
でしまう自分もどこかにあるのではないでし
ょうか。あるいは、いらぬプライドが、これ
までの自分から変化していくことを許さない
のかもしれません。
経営者モーニングセミナーなどの学習の場
を通じて私たちが学ぶのは、純粋倫理と呼ば
れる生活法則です。その核心は「心のありよ
う」です。どのような心持ちで取り組んだか
が、物事の結果に直接的に結びついているか
らです。ではどのような心が求められるので
しょうか。そのひとつが明朗です。
明るく朗らかな心を常に持ち続けることで、
希望を高く掲げつつ、周囲の人間を勇気づけ
て進むことができるでしょう。もし何か不慮
の事態が起こったとしても、動じることなく
前向きに捉えて乗り越えていくことができる
のです。モーニングセミナーに参加している
会員企業の経営者は、総じて明るく前向きで
す。それは日常の学びと実践の賜物にほかな
りません。
第二は、企業として目指すもの、すなわち
目的・理念に磨きをかけ、揺るぎない企業の
縦軸として確立していくことです。純粋倫理
という生活法則に照らして、企業理念を見直
してみたり、トップ自身がその理念に見合う
生き方をしているかを問い直すことが重要で
す。理念もなく、ただ利益にのみ走る経営が
どのような結果を招くかは、歴史が証明して
いるところです。その理念の要素を端的に示
すなら、それは「世のため人のため」という
ことになるでしょう。
第三は、その企業・店舗の社員が働きがい
や喜びを見いだせる場づくりをすることです。
その「道具」として、倫理法人会では活力朝
礼の導入を推進しています。『職場の教養』を
活用し、感想を述べ合うことは、積極的に仕
事に取り組む心を養います
また挨拶や返事などのトレーニングは、一
見すると堅苦しいように思えますが、継続し
ていくことで一人ひとりの個性が磨かれてい
きます。それが結果として、活気に満ちた職
場を作り出していくのです。
しかし朝礼だけを良くしようとしても、結
果は出ないでしょう。前述のように、「企業と
して何を目指すのか」「経営者が何のために生
きるのか」がベースとして確立されていなけ
れば、どんなに素晴らしい朝礼を作り上げた
としても、砂上の楼閣に終わります。
激動の時代を乗り越え、お客様、取引先、
共に働く社員、そして地域社会になくてはな
らない企業として発展・永続していく。その
ために経営者自らが学びと実践を深化させ、
周囲に喜ばれる自分づくりをしていこうでは
ありませんか。

実践の積み重ねが自己や周囲を変える

全国の倫理法人会で学んでいる倫理経営
とは、「純粋倫理に根ざした経営」を指しま
す。経営者が純粋倫理という生活法則を拠
りどころとして、トップとしての人間力を
高めている場が倫理法人会なのです。
「純粋倫理」とは、人が二人以上集まって
生活をする時、一人ひとりが守らねばなら
ない基本的なルール・すじみちのことです。
宇宙の哲理(大自然の法則)を人間生活に
合致させて、人・物・自然を対象として生
まれた、日常生活における正しい暮らし方
なのです。
純粋倫理の特色とは何か。①実践を命に
している。②実践の手がかりを「苦難」と
している。③心のあり方を重視している。
この3つがポイントとして挙げられます。
『万人幸福の栞』(丸山敏雄著)の序文に、
「実行によって直ちに正しさが証明できる生活
の法則である」とあるように、何より実践
が生命線となります。実践とは、実際に行
なうことです。行なうことによって初めて
自分が変わり、家庭・会社と周囲が変わっ
ていくのです。
S氏は、毎朝三時に起きて、四時から会
社周辺の清掃を行なっています。何の見返
りも期待しない無心の実践の中で、自分の
心が変わっていく道行きを強く感じたと言
い切ります。
その実践の高さ・深さに比例して事業が
好転していったことは言うまでもありませ
ん。家庭や職場などの身近なところで、心
境を高め、実践力をつけていくのです。
実践力に磨きをかける一番の手がかりが
「苦難」です。苦難は、人を磨き高め、大
きく成長させる材料なのです。人をより善
くし、より向上させるために訪れるのです。
また今までの自分の過ちを気づかせてく
れる、非常にありがたい存在でもあります。
苦難の原因は自分自身にあると反省し、そ
の一つひとつに正対し、苦難を通して気づ
きや閃きを高めていくのです。
人生で苦しい立場にある時ほど、他人の
心の優しさもよくわかるといわれています。
さらに人生が閉ざされている時ほど、生き
る力が湧き起こるものです。
T氏は、「ピンチこそチャンス」と明るく
喜んで迎えようと心がけ、「自分に何かを教
えようとして起きているのだ」と前向きか
つ肯定的に受け止めて前進しています。成
功とは、苦難を通して得られることを実感
したのです。
人間は自分の心を磨いていこうと努力し
ています。人はその人の器以上の人には出
会えませんし、また器を越えるような出来
事にも遭遇しません。言い換えれば、自分
の器を大きくしてレベルを上げない限り、
人は成長しないということになります。
心の状態は、その人の動作・行動に必ず
現われてきます。動作・行動は、その人の
心の状態を知る手がかりとなります。まず
「心が先」であるということを、私たちは
理解する必要があるでしょう。心を磨き高
め、実践への気力を喚起し、そして行動へ
と転化させていきましょう。

親への感謝の実践が気づきの心を育む

岡山県で印刷会社を経営するI社長は、新入社員を採用する際に「自分の両親の足を洗い、その感想をレポートとすること」を課題としています。そして、そのレポート十数人分を、『心』と題した冊子にまとめて発刊したのでした。
 それぞれのレポートを紐解くと、様々な思いが綴られています。全員に共通して挙げられるのは、「親への感謝の気持ちを感じられた」ということです。
 I社長は、企業の価値は「人財」で決まると考えます。社員一人ひとりが会社の財産であり、あえて「人材」ではなく「人財」という文字をイメージしています。
 会社は経営者一人で運営することは不可能であり、社員がいるからこそ企業として成立します。皆がお互いに感謝し、思いやりのある行動がとれる人間になってほしいという願いをI社長は持っていました。親の足を洗うことで、「親への感謝の念に気づいてもらいたい」という思いで始めたものでした。
 福岡県で保険の代理店を営むY氏(51歳)は、この話をある研修で聞いて衝撃を受けました。ショック状態のような日々が続き、仕事中でも食事中でも、休憩時間でさえも、頭の中を「親の足を洗う」という言葉が行き交うのでした。心の中にもう一人の自分が現われて、「やるのか、やらないのか」という自問自答の状態が続きました。
 話を聞いてから一週間後、ついに意を決しました。〈これはやらなければならない!〉。仕事から家に帰り母親に告げようとするのですが、どのように伝えてよいかもわからず、台所に洗面器、タオル、石鹸を用意しました。
その姿を見ていた母親は「何しょっとね」と問いました。Y氏はたった一言、「足を洗いたい」と告げると、椅子に座ってもらい、黙々と母親の足を洗い始めたのでした。
その時の母親は「あー、気持ちよか」を三回繰り返し、その他はいっさい何も言わなかったのでした。そしてY氏自身は母の足を洗う数分間に、今まで気づかなかったことに気づいたといいます。
「なぜこんなことをするのかと問い質されてもおかしくないのに、何も聞こうとしなかった。それは親心であり、言葉にならない深いつながりを感じることができた。自分が思っている以上に親は自分のことをいつでも温かく見守ってくれている」
日頃から母親に対して親孝行しているつもりでいたY氏でしたが、改めて「親への感謝の念」が体の中心から溢れ出してくるような体験を得たのです。
さらには、足を洗い終わった後、Y氏の傍らにそっと立っていた妻は、洗面器やタオルをサッと片づけ、周りに飛び散った水滴を淡々と拭き取るのでした。その姿は美しく、いつも何も語らないものの、Y氏の心と強く結びつき、すべてを察してくれていることが感じられた瞬間でした。いつも支えられていることを実感し、妻への尊敬と愛おしさが込み上げてきたのでした。
いわゆる「良い話」は数多くありますが、そのまま実行に移す人は多くありません。心の声に耳を傾け、自分自身に嘘をつくことなく、何事も実行に移していきたいものです。