『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』

木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―

7月12日 「念には念をいれよ」

「念には念をいれよ。仕事を完全にやりとおすのに、
念の入れすぎということはない」顔をみると、よく
「念には念を」と叱られました。

すべては一念と行動から始まるのです。
幸之助は、「挑戦の繰り返しの中にこそ、人は自身の
可能性の大きさを実感することが出来る」と言うのです。

入念こそ、仕事を100パーセント完結するカギとなるのです。

『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』

木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―

9月11日 「志の声を聞け」

「木野君な、問題は宝の山やで!
ただ、志がなければ問題は迷いのもとになるだけや。
志の声を聞けば必ず成功する」
と言われました。
夢や志があればどんな逆境でも発展していくことが出来るのです。
道にかなった方針を立て、全員が心を合わせて努めれば、ことは必ず成就するのです。

幸之助は、自分を突き動かしている根源に、心の声を持っていた人でした。

『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』

木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―

9月10日 「熱心の上にも熱心に」

私が社長就任のおり、幸之助は「この子は熱心な子や」
と記者の質問に答えてくださいました。
私は熱意というものが一番大事だと考えていました。

自分の腹の底から生まれてくるものがなければ本物ではない。
毎日の熱き触れ合いの中に、人生を豊かにする智慧が
でてくるものです。
熱意は、他人の幸せを願う心から生まれてくるのです。

『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』

木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―

9月9日 「天地宇宙の声を聞け」

指導者は、天地宇宙の聞こえざる声を聞き、見えざるもの
を見る力が必要です。

素直な心になれば誰もが聞きとり、見ることが出来るのです。
指導者の心は、鏡のように澄み切っていなければ、見えるも
のも間違って見えてしまいます。

すべての要因は、指導者の心の中にあるのです。
幸之助はいつも、そのことを教えてくれました。

父母もその父母もわが身なり

自分のことを心から思ってくれる親の存在ほど、ありがたいものはありません。

〈子供の頃、どれだけ自分を可愛がってくれただろう〉〈病気の時、寝ずに看病してくれた〉〈苦労して働いて、学校を出してくれた〉

たとえ親が亡くなっていたとしても、こうしたことを思うたびに、心が温かくなるものです。

では、親に直接的な愛情をかけてもらえなかった人は、どうでしょう。世の中には、親の愛情を感じられない人もたくさんいます。叱られたり、粗末に扱われたことしか思い出せない人もいます。そうした人は、親を恨み、憎んで当たり前なのでしょうか。

いや、決してそうではありません。親に対する感謝は、生命付与の一事に尽きるのです。

わが生命は、父母によってこの世に生み出されました。親がいなかったら今の自分はいません。このことへの感謝は無条件です。

生命付与という点では、父母もまた、祖父母に生命を享けています。祖先がいなければ、両親も、今の自分も、子供も、孫たちの存在もありません。

「父母(ちちはは)も その父母も 我身(わがみ)なり  われを愛せよ 我を敬(けい)せよ」

これは二宮尊徳翁の道歌です。 父母、その父母と連綿と命が続いてきたからこそ自分の命がある。体の中に、親祖先の尊い命があることを思えば、自分を愛し、自分を敬うような生き方をしなければならないということです。同時に、わが生命のもとである親祖先を大事にすることが、自分自身を大切にすることでもあるのです。

亡き人の墓参は、死者を大切にするという心のあらわれです。祖先の墓を大事にし、供養していくことは、祖先を喜ばせることになります。ひいては自分の生命を大切にすることにほかなりません。

若い頃、さんざん親不孝をしてきたというAさんは、墓参を月一回、コツコツと三十年間続けてきました。お墓を大切にすることは、自分自身を大切にすることであると気づいたからです。

Aさんはまず、お墓周辺をきれいに清掃してから、親祖先に近況を報告し、今あることの幸せに感謝して、お礼を述べています。時には自身の若い頃の過ちや親を悲しませてきたことを反省し、墓前で詫びることもあります。

忙しいAさんにとって、この墓参の時間は、親祖先と向き合い、自分と向き合う貴重な時間であるといいます。「だから墓参は自分のためでもあるのです」と語るAさん。月に一度、その時々の決意を親祖先の御霊に誓い、気持ちを引き締めることが、なくてはならない習慣となっているのです。

自分の生命の元である親に純情な心で対座する時、その生命はいよいよ純化して、思いがけない力が湧いてきます。

Aさんの場合は月に一度ですが、人それぞれに事情は違うでしょう。毎日、週一、月一、年一と自分なりに決めて定期的にお墓に参ることで、自己の生命力を更に輝かせたいものです。