漆黒の闇の中を、経営者は孤独に耐え、必死に会社の舵取りをしています。折れそうになる心に鞭打ち、〈何くそ!〉と自分を叱咤して頑張っているのです。しかし時にはフッと迷いが出て、会社を投げ出したくなる場合もあるはずです。
そのような時、社長の片腕である専務や常務などの「副」が支えになればいいのですが、なかなか有為の人材には巡り会えないものです。そして「良い人材が巡ってこないのは、トップである自分の力量が不足しているからだ」と嘆く社長も多くいるのです。
社長の片腕となる「副」のタイプには、補佐的な働きを担うタイプと参謀的働きを担うタイプがいるといわれます。
社長が業界・地域等の役職を抱え、会社に留守がちとなる時、社長の代わりとして会社をきちんとまとめ動かしていく。私利私欲が少なく、あくまで社長の意志を企業内で徹底させていくのが補佐的タイプです。
社長が新規事業の展開を試みる時、あるいは経営計画を立案する時など、社長に決断のための情報や知恵を惜しみなく提供できるのが参謀的タイプです。
昔から「副」を選ぶのであれば、自分と異なるタイプを選べといわれます。「副」を選ぶには足し算ではなく掛け算で選べともいわれます。社長と副とが絡みあった時、互いに相乗効果が発揮できるという意味なのでしょう。
補佐的タイプの「副」を具体的に考えてみると、知のタイプというより情のイメージが強いようです。社長にはなかなか話ができないが、「副」には話がしやすい。夫婦のこと、子供のこと、自分の身上相談など、多岐にわたる話をきちんと受け止め、アドバイスをしてくれる。そして「副」という立場を十分わきまえているので、表舞台には社長を出し、自分は裏方に徹し、何かあると「社長のお陰、会社のお陰」と謙虚な態度でいる。原理原則に則って仕事をし、少しでも会社を良くしようと努力を惜しまない。何か事が起こった際は、社長に代わり坦々と汚れ役を受けられるタイプです。
一方の参謀的タイプの「副」は、社長の懐刀といわれるタイプです。豊富な人脈と情報を持ち、必要に応じてタイムリーな形でそれらを提供する。事に当たっては冷静着に進め、感情に流されることもない。
沈 補佐的タイプと参謀的タイプの二つの要素は、本来は一人の人間に同居しているものです。時と場合によって、どちらかが色濃く顔を出すかというだけでしょう。
「副」にとって最も大事なものとは、心の底から社長を尊敬するということです。仮に社長に対して強く直言することがあったとしても、徹底的に社長を敬い尊ぶことです。「社長の長所は認めても、欠点は正直いただけない」ということでは、尊敬しているとはいえません。
尊敬とは、いわば「醜(しゅう)に惚れること」です。現代は変化の激しい時代であり、トップ一人では容易に乗り切れない時代です。社長と「副」とが各々の力を「掛け算」して初めて、荒波を乗り越えていく力が会社に備わるものと心得ましょう。
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
3月2日 「安くてよいということは」
「安くてよいということは、如何なる商売においても、最高の
意志決定を持つ」
これは幸之助の商人道です。
速くて、しかも丁寧、これが本当のサービスです。
お客のために、悩んで、悩んで、悩み抜く、自分を100パー
セント使いこなす経営をすればよいのです。
便器から得るインスピレーション
トイレ清掃における便器との対話を通して、心豊かな生活を送れるようになった倫友の体験談をご紹介します。
倫理研究所富士高原研修所において、入会間もないN氏がセミナーを受講した際のことです。講師のある話が氏の心に響きました。
「便器を素手で清掃すると、便器と会話が出来るようになるんですよ」
氏は驚きました。〈便器との対話〉といった内容に大変興味を惹かれましたが、それ以上に〈便器に素手で触れる〉掃除を実行している人がいるという事実を初めて知ったからでした。「ここでは受講者にも素手によるトイレ掃除を勧めています。皆さんも明朝の清掃タイムに是非いかがですか」と講師は促します。
N氏は、〈えーっ、不特定多数の人が使用する便器に素手を突っ込むなんて、とてもできやしない。だいたい、何でそんな不衛生なことを勧めるんだ〉という気持ちになりました。しかし、講師は続けてこう言ったのです。
「私も毎日掃除しますが、必ず汚す輩がいて、便器に汚物がこびり付いているのです。そんな時は、爪を使ってカリカリと落とすんです。するとね、ウン(運)がツイてくるんですよ」
氏はその駄洒落に苦笑いしつつ、〈うへーっ、汚い。幸運は引き寄せたいけれど、誰のものか分らない汚物に触れるなんて…〉という思いになり〈そんな実践は絶対に無理だ〉と心を閉ざしたのです。
するとその講師が目の前にやって来て、「私と握手しましょうか」と手を差し出したのです。そしてさらに言葉を継ぎました。
「もし、この世に便器が無かったなら、人は生きてはいけません。そう考えると、便器は私たちの生命を生かしめている、まさに父母の背中のような存在ではありませんか。どんな便であっても受け容れますしね。大切な人の身体を硬いブラシでゴシゴシ擦るのは果たしてどうなんでしょう」
結局N氏は、受講中には素手清掃をやらずに帰宅しました。しかし〈便器との会話〉が出来るようになりたいとの好奇心も捨て切れません。
それから三カ月ほど悩んだ末、意を決しました。洗剤とブラシで我が家の便器をこれでもかというほどに磨いたのです。大腸菌一匹とていない状況を作り上げました。しかし、まだ躊躇する気持ちは消えません。それでも〈自分への挑戦だ〉と、目をつぶって手の平を便器に突っ込んだのでした。
〈以前からずっと知っていたような、とても心地よい感触だった〉と、氏はその瞬間を振り返ります。
その日以来、素手清掃が日課となり、夢中で前のめりになって取り組みます。時には頬が便器に触れてしまうこともありましたが、〈なんて身近な存在なんだ〉と思わず頬ずりしてしまうほど、嬉しく感じるようにもなったのです。
無心に便器掃除を始めるようになって三週間ほど経った頃、氏の口からふいに言葉が衝いて出ました。
〈どうだ、気持ちいいか〉
すると言葉が返ってきました。
〈うん、気持ちいいよ〉
確かに便器の声(返事)を聴くという主観的交流体験を果たしたのでした。
それ以来、氏は用を足すたびに、仕事上のタイムリーなインスピレーションを得られるようになったのでした。
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
3月1日 「なぜ、なぜの繰り返しの作業」
幸之助はよく「なぜ、なぜ」と自分にも他人にも問いかけていました。
なぜなぜの繰り返しの作業によって、単なる利益追求の目的から、
人間の幸福実現という、高次の目的に高められていくことを信じて
いたからです。
正しい思いは必ず、成就するものです。
壮大な志と、強い一念を持って、行動を起こすとき、歴史を創る大き
なエネルギーが、新たな世界を開くのです。
聞く実践の要諦は心からすぐ聞くこと
「妻の話を聞く」実践を通して、妻の心を素直に受け入れられるようになり、夫婦の絆を取り戻した二つの事例を紹介します。
▽
A社長は結婚して四十年。この間、自分の思い通りに会社を経営し、家庭生活を営んできました。当然、妻に相談をしたり、話を聞いてあげるということは一度もありませんでした。A社長にとっては、こうした生活が当たり前のことでした。
その後、倫理法人会に縁があり入会。学びを深めていくうちに、徐々に自分自身を冷静に振り返ることができるようになりました。〈何もかも自分の思い通りに行動してきたが、妻はどんな思いで受け入れてきたのだろう〉〈妻の話を心から聞くことなどなかったが、妻には随分我慢を強いてきたのでは〉〈こんな勝手なことばかりしてよくここまで大きな問題が起きなかったものだ〉。
A社長の心が変わり始めた瞬間でした。
そして意を決して始めた実践が「妻の話を聞く」ということでした。決意したものの、なかなかすんなりとは実践できませんでしたが、三カ月も経過すると妻の話を何とか聞いてあげられるようになりました。そのようになって一番喜んだのは妻です。A社長からの一方通行の話を聞くだけだった妻が、長年溜め込んでいたものを一気に吐き出すように話し始めたのです。
「このまま進んだら妻はいよいよ調子に乗ってしまうのでは…。ちょっと恐怖です」と言うA社長でしたが、その表情には妻の心を受け入れることができるようになった喜びが満ち溢れていました。
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B氏は出張の帰りが遅くなるといつも妻に駅まで迎えに来てもらっていました。車に乗り込むと、妻はすぐに留守中のいろいろな出来事を喋り始めます。疲れているB氏は「今、そんなに喋らなくてもいいだろう。家に着いてから聞いてあげるから」と対応していました。妻は話を聞いてもらえなかったことが何となく不服のようでした。家に着いて「ところでさっきの話はどういうこと」と聞くと、妻は「もういいわ」とそっけなく答えるのです。
同じようなことが繰り返されたある日、B氏はフッと気づくことがありました。〈話は相手が話したいと思ったその時に聞いてあげないと本当に聞いてあげたことにならないのではないか。妻もきっとあの車の中でこそ話を聞いてもらいたかったのではないだろうか〉。
以来B氏は、どんなに疲れていても、また忙しくても、妻から「話を聞いてほしい」と言われた時が一番大事な時と受け止め、真剣に耳を傾けるようになりました。すると妻も「疲れているところをごめんなさい」と言いながらも、思いのすべてを嬉しそうに語ってくれるようになったのです。
▽
以上、二つの事例から、人の話を聞く時には「心から聞く」「すぐ聞く」ということが大切であると教えられます。周囲の人(特に身近な人)の話に「真剣に耳を傾けているのか」「あと回しにしていないか」を改めて振り返り、「聞く実践」に徹していきましょう。