安岡正篤 一日一言
心を養い、生を養う
12月26日 「孝」という字
人間は進歩しようと思えば、統一がなければならない。教育とは何ぞやと言えば、つまるところは先輩・後輩と長者・少者の連続・連結の役目をなすものでなければならない。
要するに孝という字は、単に親を大事にして、親に尽くすという意味だけではなくて、親子・老少、先輩・後輩の連続・統一を表わす文字である。そういうことを知って孝経や論語を読むと、限り無い教訓がその中に含まれておることがよくわかる。
安岡正篤 一日一言
心を養い、生を養う
12月26日 「孝」という字
人間は進歩しようと思えば、統一がなければならない。教育とは何ぞやと言えば、つまるところは先輩・後輩と長者・少者の連続・連結の役目をなすものでなければならない。
要するに孝という字は、単に親を大事にして、親に尽くすという意味だけではなくて、親子・老少、先輩・後輩の連続・統一を表わす文字である。そういうことを知って孝経や論語を読むと、限り無い教訓がその中に含まれておることがよくわかる。
木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
12月27日日 「君の身柄は私が預かる」
幸之助とのご縁は、PHP運動でした。
私は当時大学生(21歳)でしたが、中退してこの運動に
没頭したいと思い、熱心に頼み込んだのです。
幸之助が一番苦しい時でしたが、本当の国民精神復興
活動であると共感したからです。昭和23年の秋のことで
す。「君の身柄を私が預かる」と言われました。
幸之助はどんな「縁」でも大切にした人でした。
安岡正篤 一日一言
心を養い、生を養う
12月26日
我に三宝あり。
第一に慈。
第二に倹。
第三に人を先にやる。
世間の人間は先頭になろうとして争うが、そういうことをしない。
慈愛があるから勇気が出る。
倹、つまりくだらぬ私心私欲に関心がないから心が広い。
愚人俗人と競争などしないから自然に大物になる。
今これに反して、慈愛を捨てて勇に、倹約におかまいなく、あれもこれもとなり、人を先にやることを捨てて己(おのれ)が先に立てば、生を失ってしまう。
その通りですね。
今日のような到るところ矛盾・衝突・混乱の社会になったというのも、要するに人聞が慈を捨て倹を捨て省を捨てて功利に走ったからでありまして、こういう社会に生きておると、本当に肉体的にも生命的にもだんだん病的になってまいります。
木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
12月26日 「人の話をよく聞け」
幸之助は人の話をじっくり聞く人でした。
「君な、人の話を聞くときは、相手の本当に言いたいことを
聞くんやで。自分の考えを挟んだらあかん。素直に相手の
立場になるんや」
幸之助によく言われました。
道元禅師は、「耳で聞くな、目で見るな、体全身で聞き、
身と心で見ること」の大切さを説いています。
幸之助の偉大さを痛感しています。
木野 親之著
『松下幸之助に学ぶ 指導者の365日』
―この時代をいかに乗り切るか―
12月25日 「信用第一」
幸之助が大事にしていたのは信用です。
逆に言いますと、一番恐れていたのは信用を失うことでした。
それだけに社員教育を徹底しました。
一人の社員のちょっとした言動で一瞬にして失われるのが
信用です。
「木野君な、信用を作り上げることは難しい。しかし、一度
失ったモノは、返ってこないと思って商売せんとな」。
今でも耳元でよみがえります。