おせち料理に深める感謝

新しい年を迎えるまで、数日を残すのみとなりました。

「新年」「お正月」と聞いて、思い浮かぶものの一つに「おせち料理」があります。華やかな料理が正月を彩り、目を楽しませてくれます。この年末、おせち料理の準備に忙しい人もいることでしょう。

おせち料理の起源は、一説では弥生時代にまで遡るようです。当時の人々は、自然の恵みや作物の収穫を神に感謝し、生活に節をつけていました。この節に収穫物を神に供えることを「節供(せっく)」といいます。お供えしたものを皆で分かち合い、自然に感謝していただく料理を「節供料理」といい、これがおせち料理の始まりだといわれています。

また、おせち料理の一つひとつには意味があります。これも様々な説があり、地域によっても違いはありますが、ここでは代表的ないわれを紹介しましょう。

・数の子……卵の数が多いので子宝や子孫繁栄を願う。

・黒豆……まめ(まじめ)に働き、

無病息災を願う。

・れんこん……穴があることから将来の見通しが利くように。

・ぶり……出世魚であることから立身出世を願う。

・紅白かまぼこ……紅は魔除け、白は清浄や神聖をあらわす。

・紅白なます……紅白めでたく、祝いの水引きにも通じる。

まだまだたくさんありますが、おせち料理の食材には、こうした願いが込められているということです。

先に紹介したおせち料理の起源の中に、「自然の恵みや作物の収穫に感謝」という一節がありました。食物の恩については、『万人幸福の栞』第十三条に、次のように記されています。

食物も、衣服も、一本のマッチも、わが力でできたのではない。大衆の重畳堆積幾百千乗(つみかさなったいくひゃくせんじょう)の恩の中に生きているのが私である。このことを思うと、世のために尽さずにはおられぬ、人のために働かずにはおられない。

私たちがいただいている食物は自然の恵みであり、多くの人の手を経て、食膳にのぼっています。ただ、そのことを日々の食事の中で意識することは、それほど多くないかもしれません。

それだけに、新しい年の最初に食するおせち料理の由来を知り、食材に込められた願いを噛み締めながらいただくことは、意義のあることでしょう。それは、日常の食事にも感謝を寄せることにつながります。〈ありがたい〉という感謝が根底にあるなら、食べ物の好き嫌いをすることもなくなり、何を食べても「美味しい!」と感じるものです。

たとえどんな食物でも「今日一日の生命の糧である」と、喜んで、感謝いっぱいで箸をとる。これが食事の倫理です。多くの恩の中に生かされて今があることに感謝し、新しい年に大きな希望を抱いて、地域社会に貢献する事業経営を目指していきましょう。

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食の喜びを希望につなげる

私たち人間は、食事をとらなければ生きていけません。

一人で食べることもあれば、家族と共に、または友人知人と一緒に食べることもあります。誰もが毎日繰り返す、生きる上で欠かすことのできない営みです。

ただ、生涯にわたって、好きなものだけを選んで食べるのは、なかなか難しいものです。たとえば、健康を害して入院すれば、日々の食事は制限されます。

人生の終盤に、介護施設などにお世話になることになれば、決まったメニューをいただくのが一般的でしょう。

ある介護施設では、利用者の希望に沿った「リクエスト食」の提供に取り組んでいます。

きっかけは、施設内での会議でした。利用者に快適に過ごしてもらうために、スタッフから、食事メニューの見直しについて提案があったのです。「誰にでも慣れ親しんだ味があるはずです。毎日は無理でも、利用者さんが食べたいものを提供する〝リクエスト食〟の日を設けてはどうか」というのがそのスタッフの意見でした。

この施設は、最大で10名が利用でき、スタッフは4名でお世話にあたっています。担当の管理栄養士により、毎日の食事メニューが決められています。

栄養面はもちろん、味や見た目にも気を配った食事を提供しているものの、どうしても同じようなメニューが多くなりがちでした。また、偏食があったり、その日の気分次第では、積極的に食べてもらえないこともあったのです。

Aさんの提案は採用され、カロリー計算やメニューの偏り、材料費などを考慮しつつ、少しずつリクエスト食の準備を進めました。

食べたいものを利用者に伺うと、「焼肉が食べたい」という男性、スイーツを希望する女性など、いろいろな声が挙がりました。

また、「外食はどのようなお店に出かけていましたか?」「子供の頃お好きだったものは?」と思い出を聞くだけで会話が弾みます。出身地の郷土料理について教えてもらうこともありました。普段は無口な方でも、食の話題になると、比較的笑顔で話してくれるようになり、施設全体に明るい雰囲気が生まれてきたのです。

認知症が進んでコミュニケーションが難しい利用者の場合は、ご家族に話を聞いて、メニューを決めることもありました。

そうした一つひとつのやりとりを記録しておき、月に一回程度、その方が好むメニューを提供するようになったのです。

リクエスト食の日になると、利用者は大変喜んでくれました。 「ありがとう」と満面の笑顔を見せてくれたり、「生きていてよかった」と涙を流す方もいました。

リクエスト食の取り組みを始めてから、通常メニューもしっかり食べてくれる利用者が増えたことも、喜びの一つでした。

食べるという営みは、単に栄養を摂取するだけではありません。食が人と人をつなぎ、過去と現在をつなぎ、未来を生きる希望にもつながっていくのでしょう。

「食」は人の心を結ぶ

商談やビジネスシーンにおいて、脇役のようでいて実は重要な場となるのが会食です。海外出張の多いNさんは、この会食が苦手でした。

外国の料理は、食材や調理法が日本と異なるのはもちろんのこと、お酒の飲み方、麺類の食べ方、お代わりの作法、食器の扱い方なども違います。まず、その煩雑な作法を覚えることがNさんにとっては苦痛の種でした。

さらにNさんを悩ませていたのが、食事をしながら会話をすることでした。食事中のおしゃべりは慎むべきだと親に躾けられて育ったNさんは、「黙して食す」の姿勢が習い性となり、大人になっても食事中にうまく談笑できなかったのです。

しかし、ある時を境に、この「会食コンプレックス」は解消します。それは、外国人留学生のお世話をしたことがきっかけでした。

留学生は、寿司や天ぷらといった代表的とされる日本食のみならず、ご飯と味噌汁、牛丼やカップラーメンなど、Nさん自身が普段食べているものを「おいしい!」といって一緒に食べてくれました。

一週間、一カ月と、毎日顔を合わせ、同じものを食すというだけで、心の距離が縮まっていくことを感じたNさん。三カ月が過ぎた頃には、兄弟のように近しい感覚を抱くようになりました。会食の意味を得心したのは、まさに、この時だったといいます。

食前の挨拶である「いただきます」という言葉が表わしているように、食事とは、他の生命をいただき、自らの生命をつなぐ敬虔な営みであることは言うまでもありません。幼少期のNさんに対する躾も、そのような意味からなされたものなのでしょう。

しかし、「食」は自他の生命と真向かう厳粛な場であると共に、人と人との心を結ぶ、心地よく楽しい場でもあります。

料理が、国や民族の文化を象徴するものであるならば、それを口にすることは、当の文化を受け入れることを意味します。だからこそ、食事を共にすることによって、お互いの結びつきも強くなるのです。言い換えれば、相手から供される料理をいただくということは、相手自身を受け入れることにもなります。留学生とNさんのエピソードは、そのことを物語っていると言えるでしょう。

また、日本には、人のみならず、神との結びつきを示す習俗が今でも残っています。

たとえば、お祭りが終わった後に神様へのお供え物を皆で食す「直会(なおらい)」や、一方は神様、もう一方は人が使うといわれる「祝い箸」、最初に年神様にお供えした後にいただくとされる、お正月の「おせち料理」がそうです。

私たちは、「一つの味」を共有することで仲間になり、心と心を結んでいくことができます。

忘年会、新年会と、会食が多くなるこの時期だからこそ、改めて「食」の意味を見直してみましょう。そして、生命のもとに感謝しつつも楽しく語らい、美しく食することを心がけたいものです。

食は根元

病気でしばらくの間、絶食を余儀なくされていた人が、うすいおかゆを出されたとき「おお神様」と叫んで、まだ箸をつけていないのに元気をとりもどしたという実話がある。私たちは朝に食事をしたかと思うと、もう昼の、そして夜の食事……というようにまことに忙しい。朝から晩まで食べることの連続である。この食事ができなくなったらどうなるか。

食べ物を食べるという大仕事は、じつは政治、経済、芸術、さらには宗教や倫理道徳などの根元(もと)である。食い物がなければ人間生活は維持できない。いや、生きていけないのである。生まれ出るとすぐ母親は乳を与えるではないか。生きているとは食べて栄養を摂取し、消化していることである。死んでいるとは食べられないということである。

生きていない人間は、美を、芸術を創造することもできないし、鑑賞もできない。ましてや人間の経済活動はその始めから終わりまで食事を軸にしているといってよい。表面の絢爛(けんらん)や複雑多岐性にまどわされて、その基礎をなす生命のもと――食事の大切さを忘れてはならない。これは物質偏重なのではなく、生存の根元を忘れるなという意味である。生命をたたえる者は、同時に食べ物を、食べることをたたえるのが人間として当然のことなのである。

大昔の人たちは、こうした面において純真純情であった。日本では古来、トヨウケ(豊受)の大神(伊勢の外宮)とかウカノミタマ(宇迦之御魂、倉稲魂)の神(稲荷神社)などといって食べ物を神として尊び、あがめ、たたえてきた。

『旧約聖書』では、父なる神は荒野のホレブ山でモーゼに「広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地」へ導くからと告げ、エジプトからの脱出を命じている(「出エジプト記」三の八)。

神が人類に食べ物を与えたり、時にはその作法を教えたりするのは、各国、各民族において極めて重要なことである。宗教の根本は神であるが、その神の恵みとしての食べ物こそ人間生活のもとであり、食べ物、その作法・儀礼(神への供物など)は宗教のもと・重要な幹をなしていると言える。

こうした古代の人たちの、ひたむきなスナオな気持ちを現代人は忘れることが多くなっているのではないか。食べ物についての心情、食べ方についての道が自覚されて倫理道徳となる。食事は礼儀のもとなのだ。もとより感謝や畏敬や讃嘆などを中軸としたもので、これらをそれぞれ謙虚に反省しつつ、日常の生活に活かしていくことこそ肝要である。「いただきます」「ごちそうさま」という簡単な挨拶さえ、ろくに言えない人たちが多いとは嘆かわしい限りではないか。

この点、家庭教育はまことに重大である。子どもは、親のまねをして育つ。家庭は教育の基盤であるが、子どもの教育はまず食べることがその基礎となろう。自分の生命のもとを軽視して、他の事がらを尊重できるはずがない。この模範は親の実践から始まる。

人事を尽くして天命を待つ

スポーツの試合や大会には、プレッシャーや重圧がつきものです。適度な緊張感が良いパフォーマンスを引き出すこともあれば、プレッシャーに押しつぶされて、本来の力を発揮できないこともあるでしょう。試合や大会の規模が大きくなるほど、その成否は、重圧への対処にかかっているともいえます。

様々なスポーツの場面で、選手はどのようにプレッシャーと向き合っているのでしょう。「舞台が大きくなればなるほど、緊張するのは当たり前です」と語るのは、全日本男子柔道監督の井上康生氏です。氏は現役時代、切れ味鋭い内股を武器に、攻撃型柔道で活躍しました。2000年のシドニー五輪では100キロ級で金メダルを獲得。現役を退いた後は監督を務め、2016年のリオデジャネイロ五輪では、全階級メダル獲得という快挙を成し遂げました。

氏は、選手が緊張するのは当然だとして、「状況を変えることはできないからこそ、状況を受け入れた上で、何ができるのかを考えることが重要」だと語ります。

この言葉は、スポーツに限らず、様々な場面にも当てはまるのではないでしょうか。変えることができない状況を受け入れるには、やれるだけのことはやったという自信があればこそでしょう。

このことについて、倫理運動の創始者である丸山敏雄は次のように述べています。

「自信のないことは失敗する。練習するということは、その仕事なり、競技なりに慣れて間違いのないようにするのが、その形から見たところで、その実は、信念をつけるのである。信念をねりかため、ねりあげるのである。きっと出来るぞ、きっとやるぞ、と動かぬ信念がその事を成就させる」(『万人幸福の栞』第十五条より)

何事においても、自信のない状態で取り組むことはうまくいかないものです。大舞台や勝負ごとで成果を勝ち取るには、なおさら自信を培うことが必要です。

日頃の準備や練習、トレーニングが「本番でもきっとできるはずだ」という信念につながります。

井上氏は、試合に臨む心の持ち方として、「直前になったら、開き直るしかない。開き直りとは、やるべきことをやっている人だけが辿り着ける境地」と言います。この場合の「開き直り」とは、綿密な準備と、相応の練習を行なった先に至る境地でしょう。

その心境は純粋倫理における「捨てる」ということに通じます。いよいよ舞台に立つ際には、私情雑念をさっぱりと捨てて、運を天に任せる心境に達した時、思いもよらぬ好結果が得られるものです。

事前の準備を徹底的に行なうことで、信念を練り上げる。また、事此処に至っては、結果は天の領分であると、明朗闊達な心で臨む。まさに「人事を尽くして天命を待つ」ところに、ここ一番のプレッシャーを乗り越えるポイントがあるのでしょう。