社員を信じきり実践型企業を築く

倫理法人会で学ぶ「純粋倫理」は、一般にいわれるところの「処世術」とは違います。
「処世術」という言葉を『日本国語大辞典』で引いてみると、「社会生活をしていくうえでの方策。世渡りの方法」とあります。自らの目的達成のために前もって考え、行なう手段であることが示されています。
書店に出かければ、「対人関係を良くする」「業績をアップする秘訣」など、ノウハウを紹介する書籍が多く陳列されています。技術の習得は決して悪いことではありませんが、多くの技術や知識を得たとしても、その後に行動しなくては意味がありません。
動かなければ意味をなさないのは、純粋倫理の実践と同様です。技術的な方法論だけでは先に進みません。さらに不足・不満・不信といった心を抱いている場合、様々な困難に襲われることがあります。目に見えない心を磨く実践は難しいものですが、心は形となって私たちの目の前に現われます。例えば「言葉」や「表情」といったものに転換されて、その人に必要な情報や、人脈に恵まれる結果に結びつくこともあるのです。
建築設備会社に勤めて五年目になるKさんは、社長の日頃の行動や様子に疑問を感じていました。それは〈自分たち社員が真剣に仕事をしているのに、よく毎日遊んでいられるな〉という思いです。その思いは日増しに強くなっていきました。
業務時間にもかかわらず趣味に精を出し、経理は事務員に丸投げをしている社長の見ている世界は、どのようなものなのだろう。自分とどのように違うのだろう。そう思ったKさんは、何か共感できるものはないかと考えました。書店に行き、目についた書籍を数冊購入して読み始めました。
しかしどの本にも、社長の行動に当てはまるものはなく、むしろ正反対の内容が多く目に付き、社長への不信感が更に募りました。
不信を抱きつつ仕事をしていたKさんは、ある日、現場に向かう途中で事故を起こします。六カ月の入院となりましたが、社長が姿を見せることはありませんでした。退院後、自身の解雇を確信し、会社に向かいました。
久しぶりに出社したKさんを迎えたのは、綺麗に磨き整えられていたデスクでした。ただ驚いて立ち尽くしていると、社長から「また頼むぞ」と一言だけ言われたのです。
復帰したKさんは、退院までの間、Kさんの机まわりを清掃していたのが社長だと知りました。また、あえて実務には口を出さず、各部署のスタッフに任せきるのが長年の経験から得た社長のスタイルであることも、先輩社員から初めて聞かされました。
社員を想い、社員を信じるという信念の強さに、Kさんは感動したといいます。そして〈会社経営に定型・定番などなく、信念こそが最も大切なのだ〉と痛感したのです。
「純粋倫理の実践」は、実践する人(経営者)の「心のありよう」が根本です。技術だけでなく、必ず「心」を寄せて実践に取り組んでいきたいものです。

夫婦の真の愛情が事業を好転させる

テレビや新聞などで報道されているように、痛ましい事件が後を絶ちません。特に家庭内での事件は増加傾向にあるようです。
警察庁の統計によると、「配偶者からの暴力事案の認知件数」が、平成二十四年度では約四万四千件で、前年度より九千件以上増加しています。
企業経営と家庭は別物であり、関係がないように思われがちですが、家庭内に問題を抱えたままでは仕事に身が入らないばかりか、肉体的にも精神的にも悪い影響を与えます。
家庭とは安らぎの場所であり、明日への活力の場所であり、そして気力を充実させる場所なのです。
純粋倫理において、事業の発展は「商売は、水も漏らさぬ、夫婦の和合がその根本である」(『サラリーマンと経営者の心得』)と教えています。経営がうまくいっている時はともかく、業績が悪化してくると夫婦間でいさかいが起こり、お互いの悪いところを責めます。夫婦の不一致が起こり、会社の業績もさらに悪化していくことがあります。
木材加工会社を営むS氏は、技術が確かな上に顧客からの信用も厚い人物でした。仕事は順調で、この先もずっと続くと思っていました。しかし、いつしか家庭のことが妻任せになると、家族との会話はなくなり、笑顔を見せることもなくなっていったのです。
ちょうどその頃から業績が下がり、資金繰りが悪くなっていきます。仕事が減っていくと同時に家族にきつくあたるようになり、夫婦仲はいっそう冷め切っていきました。

結局、会社は資金繰りの目途が立たず、残念ながら倒産に至ったのです。倫理を知ったのはその後でした。
倫理を学び再起を誓ったS氏は、必死に学び、そして実践に励みました。そして「自分はいかに傲慢であったか」「家族に厳しく己に甘い自分であったか」「男は仕事だけをしていればよいと考え、家庭を顧みなかった」等々を反省したのです。
S氏は妻に向かい、これまでのことを詫びました。すると妻もこれまで強情を張っていたことや、夫に対して批判的であったことについて詫びてきたのです。
二人は力を合わせて再建に乗り出すことを誓い合います。それからのS氏は、ものすごい力を得えたような感覚を覚え、体中に力が漲りました。夫婦が本当の愛情に目覚めた瞬間です。流れは良い方向に動き始め、会社の再建を果たしていきます。S氏は後に、「夫婦の心がバラバラだったために経営不振に陥った」と語りました。
なぜ、夫婦仲が良くなれば事業が発展していくのか。『万人幸福の栞』に「夫婦は合一によって、無上の歓喜の中に、一家の健康と、発展と、もろもろの幸福を産み出す」と書かれています。世の中の事柄は二者の対立とその合一によって進展し、新しいものが誕生していきます。家庭では夫と妻との関係です。
ただ、がむしゃらに働くことでこの苦境を乗り切ろうとしても、好結果は得られません。
夫婦が仲良くするところにすべてが生まれ、争う時に全てが崩れていくのです。

経営者の報恩意識が優良企業へと導く

長野県I市で介護用品専門の店舗経営と介護施設の運営サービス事業を十数年前に興した女性社長のK氏は、地域の人々から愛されています。日頃から周囲の人々への奉仕の心を忘れず、地域の人たちに恩返ししたいという思いで働いているからです。
縁あって入社した社員にも「何とかしてあげたい」という思いが自然に湧いてきます。S氏やYさんを採用した時もそうでした。
S氏は十数年前、役員として勤めていた会社が倒産し、職を失いました。結婚して間もない頃に倒産してしまい、その惨事を一身に被ったため大変苦しい状態でした。駄目になりそうなS氏に手を差しのべたのが、K社長だったのです。
S氏は助けてもらった恩に報いるためにガムシャラに働き、また早くにガンで亡くなった両親にもできなかった介護を地域の高齢者に施したいという使命感から、献身的な気持ちで介護事業に取り組みました。
 そんなS氏がずっと気がかりだったのは、倒産した会社に勤めていた時の部下であるYさんの存在でした。素直な人柄のYさんは介護に向いていると思い、「彼を採用してほしい」とK社長に掛け合いました。しかし、まだ軌道に乗っていない事業であり、雇うのは難しいと告げられたのです。それでもS氏は「私の給料を半分にしてでも彼を働かせてください」と懇願しました。その熱意に押され、K社長はYさんを迎え入れたのです。
 K社長は入社間もないS氏やYさんを倫理法人会の後継者セミナーへ送り出すなど、一人前に育てようと尽力しました。
その後、一人前に仕事ができるようになったYさんは、セミナーで学んだ「親とのつながりを強く持つ」を行動で示すことがK社長への恩返しであると捉え、母親を「経営者モーニングセミナー」に誘いました。すると母親は快く参加してくれたのです。
何よりも嬉しかったのは、母親が知り合いの会社の経営者を誘って、二人で楽しそうに参加していた姿だといいます。わがままばかりのYさんしたが、「改めて母親との太い絆を感じている」と振り返ります。このような思いに至ったのも、現在の介護会社に導いてくれたS氏、それを大きな愛情で受け入れてくれたK社長、ここまで導いてくれた周囲の人のおかげであるという恩意識を、Yさんは常に忘れたくないとK社長に告げたのです。
社員の心に『感謝の気持ち』『恩を感じる心』『誰かのお役に立ちたい』との思いが芽生えなければ、真の意味でお客様の心に届く対応ができないのではないでしょうか。
恩意識に芽生えた社員が増えれば、事業は順調に展開していきます。地域や社会が必要とする存在になるからです。社員教育は一朝一夕にはできません。経営者の強い報恩の思いと行動が少しずつ浸透し、それがやがて企業風土として定着します。長い目で見ると、心の教育が会社の芯を強くするのです。

自らの病を通して今の自分を振り返る

倫理法人会で学ぶ「純粋倫理」とは、心の持ち方を重視します。例えば、自分の身体に現われた現象を通して、自身の心の様子を見つめ直しつつ改善していくのです。
A氏は舌や口に炎症ができやすい体質で、毎月のように口内炎ができていました。時には複数の口内炎が同時にできることもあり、食事が困難になることもありました。
ある時、例によって口内炎ができた氏は、倫理研究所の研究員に倫理指導を受けました。口内炎の様子を聞いた研究員は、「Aさん、あなたは感謝の気持ちが足りませんね」と言いました。そして「感謝の気持ちは、心の中で思っているだけでは相手に伝わりませんよ。『ありがとう』と感謝の気持ちを口に出すことが大切です」と付け加えました。
さっそくA氏は、感謝の気持ちを言葉に表わすよう努めました。読んだ本を元に戻す時、「ありがとうございました」と言い、帰宅して靴を脱いだ時、業務が終わってパソコンの電源を落とした時なども「ありがとうございました」と感謝の気持ちを伝えるようにしたのです。
しかし数日後、思いもよらぬ変化がA氏の体に現われました。口内炎が治るどころか、新たな口内炎ができてしまったのです。
「口内炎を治すために倫理指導を受け、実践しているのに、治るどころか悪くなったのはなぜだろう…」
それまでの自分自身の言動を振り返ったA氏は、重大なことに気づきました。それは感謝の気持ちを表現していたのは「物」ばかりで、「人」に対しては皆無だったということです。特に妻に対して「ありがとうございました」と言えない自分に気づいたのです。
後日、「ありがとうございました」と言葉に出し、日頃の感謝の気持ちを妻へ伝えることができた時、氏の口内炎は快癒しました。
以来、A氏は口内炎ができると、自身の言動を振り返るようになったといいます。「感謝の気持ちを素直に伝えているか」「人を攻めるような言葉遣いをしていないか」など、口内炎を契機として、その時々の自分の姿について確認をするようになったのです。
倫理研究所の創立者・丸山敏雄は、経営者モーニングセミナーの基本テキスト『万人幸福の栞』に次のように記しました。
自然な、純粋な、まざり気のない、明るい、……これが、健康にはなくてはならぬ心持である。不自然な心、これが生活の上にあらわれて、やがて、無理をしたり、反対にズボラをしたり、せかせかしたり、いやいやながらしたり、又ひどい時は感情を高ぶらせて、行きすぎた動作に出たりする。これが皆、健康を害する原因になり、病弱のもととなる。
(『万人幸福の栞』一三六頁)
昔から言い伝えられてきた「病は気から」という言葉が象徴するように、気の持ち方次第で身体は良くもなり悪くもなるのです。
身体に現われた現象を真摯に受け止める心が、万全の健康への第一歩なのです.

MS で得た学びを家庭や職場で活かす

九州在住のM氏が倫理法人会に入会して間もない頃の出来事です。四人の子供のうち、当時中学校三年生の次女が万引きで警察に補導されたのです。
その日、職場から自宅に帰って妻の顔を見た時、その形相にただならぬ事が起こったと直感しました。詳しい事情を妻から聞くうちに、M氏は万引きをした次女に対する怒りが込み上げてきました。
短気で知られたM氏は、子供の躾に関しては厳しく対処してきました。怒り心頭で警察署に向かう道すがら、経営者モーニングセミナーで輪読している『万人幸福の栞』第六条「子女名優」の一節が頭をよぎりました。
「生まれて間もない子供でも、母親が忙しい時には心が落ちつかず、両親に心配事があるとよく眠らぬ。大きくなるにつれて、両親がその年頃にした通りの事を繰り返す。心に思っている事でさえ、そのまま親の身代わりに実演する」
確かに思い当たることがありました。それは、年間を通してこの時期には仕事も暇になり、一日中だらけている自分自身の姿です。徐々に怒りは収まり、自分自身に対する反省へと心の中は変わっていきました。
しかし、万引きをした当の本人には、反省のかけらも見えません。万引き行為は許せるものではなく、何らかの責任を取らせるにはどうしたらよいかを考えたのです。
咄嗟にM氏は芝居を打ちました。「お前の万引きで、お父さんは社会的な責任を取らなければならない。いくら娘の起こした事件とはいえ、会社を辞めなければならない。収入はなくなり、お兄ちゃんの念願だった進学も諦めてもらう。高校生のお姉ちゃんにも迷惑をかけ、小学校四年生の妹も学校で万引き姉ちゃんの妹だといじめられるだろう。それでもお前はいいのか」と伝えたのです。
次女は、うつむいたまま言葉はありませんでした。そして帰宅後、兄弟たち全員に同じ内容を話して聞かせたのです。
高校三年生の長男が真っ先に「俺は進学できなくてもかまわない。学校に行かずに社会に出て働く」と言い、長女は「私も高校に通えなくなってもいい。何とかなるよ」と慰め、妹は「いじめられたら、やり返すから大丈夫!」と言ったのでした。それを聞いていた次女は、突然に泣き崩れました。
M氏夫妻も、この兄弟愛に心打たれました。兄弟姉妹のことを考えられる人間に成長していた子供たちに救われる思いでした。
半年後、無事に中学校を卒業した次女から、卒業式の日に手紙を渡されました。
やっと卒業できました。(中略)ポリスに捕まった時、本当に迷惑をかけました。本当に自分のことしか考えていないと思いました。その後、家に帰った後、普通に接してくれたことが嬉しかった。家庭裁判所も忙しい合間をぬって一緒に行ってくれてありがとう。本当にたくさんのことがあった三年間。たくさん成長できたと思う。これもみんなのお陰です。ありがとう。
倫理の学びを家庭に取り入れたM氏。短気な自分が冷静に対応できたことに驚き、さらに学びを深めていこうと思ったのです。